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自分を見た
2003/02/01(Sat) 00:00:00
ここ最近、ずいぶんと自分と向き合ってみた。
いやー、イタイね。あいたたた、だね。
今までサボってたツケが、一気に来たみたい。
この年でこんなことをしているなんて、遅いのかもしれない。
だけど、今さらウダウダ言ってもしょうがない。
むしろ、今、気付けて良かったと、肯定的に捉えていきたい。
オレにとっては、今がまさにこういう時期だったんだ、と。
そういうわけなんです。
本屋における、苦悩
2002/12/22(Sun) 00:00:00
唐突だが、宮沢章夫が好きである。
その文体、その感性、その発想。
ステキである。理由はもややんとしているのだが、とにかく好きなのである。
先日も、「牛乳の作法」という単行本が出ていたので、買ってしまった。
私は基本的に貧乏人なので、本は古本屋で買うことにしている。新刊、ましてや単行本などという高いものなど、滅多に買うことなどはない。
しかし、そんな私でも、どうしても新刊の単行本が欲しい時がある。そのような時はどうするか。
悩むのである。
小一時間、買おうか買うまいか、本屋の中をグルグル回りながら、悩むのである。今回も、悩んだ。
だが、悩みだしたときというのは、十中八九、「買う」という方向に固まっているのだ。他人に悩み相談をするときは、答えはすでに自分の中で決まっていて、それの正当性を確認するだけの作業をしているにすぎない、という心理状態に似ているか。
ではなぜグルグル回るのか。
言い訳である。
金が無いにもかかわらず、新刊の単行本、なおかつ人生の糧になるとはとうてい思えない類の本を買う場合には、それ相応の大義名分が必要になるのである。それを考えるのである。「その本が読みたい」程度では、弱いのだ。
幸い私には、出版業界で働く友人がいるので、彼を口実に使うこともある。
「出版業界は不況だから、彼のために私が一肌脱ごう」
別に私が一冊本を買ったぐらいでは景気が上向きになるということはないが、そうであるということにするのである。してしまうのである。その瞬間、単行本を買うという行為は、人助けになるのである。
「一肌脱ぐ」という言葉もすごい。要するに脱皮である。霊長類にもなって、脱皮してしまうのか。やはりすごい。どうでもいいが。
言い訳は他にもある。
私の脳は、その本を読むことを欲しています。
(My brain wants to read this book.)
いきなり英訳付だが、特に意味があるわけではないし、あっているかもあやしい。しかし、三単現のsは忘れない。「私の脳」は、三人称だったのだ。ただ単に、中学の英語の教科書に出てきそうな日本語なので、英訳してみただけである。
なにはともあれ、脳である。しかもそれが、読むことを欲しているのである。これは逆らうわけにはいかない。所詮肉体は、脳の下僕でしかないのだ。「本を読みたい」のと、どこが違うか。それは、「想いの強さ」である。「念パワー」と言ってもいい。
欲しているのである。欲なのだ。欲が望んでいるのだ。抗うことなど不可能である。
こうして、私の腕は本を掴み、足はレジへと向かうのである。
やべぇ
2002/12/18(Wed) 00:00:00
また、生活習慣が狂いはじめている。
午前3時。
この時間にララで日記を書いていることが、なによりの証拠だ。
なぜだ。なぜこうも簡単に狂ってしまうのか。
朝方に戻すのは大変なのに。
華麗な彼の辛ぇカレー
2002/12/03(Tue) 00:00:00
この前友人と、なにげなくカレー屋に入った。
きっかけは、友人の、「今日はカレーが食べたいんだもんね」という鶴の一声であった。
…しかし、これが、我々(といっても2人だけど)に降りかかる悲劇の序曲となることは、我々は知る由もないのであった。
そこは初めて入ったお店だったので、とりあえず、その店で一番安い、580円のポークカレー(中辛)を注文した。
厨房には、ショーユ顔の若い男が立っていた。彼の動きにはソツがなかった。水を出すときも、スプーンを出すときも、動作に一点のムダもなく、全体的に洗練されている感じであった。
なぜカレー屋に、このような動作が要求されているのか疑問がないわけでもなかったが、ワタシの脳内議会においては、とりあえずその問題については、前向きに善処すべきであるという、なんともよくわからない形で、割と前向きに決議されたのであった。
しばらくして、ついに我々の前に、問題のカレーが登場した。
空腹の極みに達していた我々の胃ブクロを、視覚と嗅覚を通して刺激するカレーである。
だがそれは、何の変哲もないインドカレーであった。確かにそのカレーには、主に家庭で食されている、ハウスジャワカレーやらこくまろやらとは、歴史が違うんだぞ、文句あっか、キッ!という風格が備わっていた。そのことは、ゴハンとルゥが別々の皿に盛られて出てきたという厳然とした事実からも、読み取ることができるであろう。
しかし、この情報化社会に生きる我々は、インドカレーとはどのようなものであるかということを既に学んでしまっているので、そのようなルゥがシャバシャバのカレーを見ても、特にオドロくということはなかったのである。
なにはともあれ、580円ポークカレーとのファーストコンタクトを無事に成し遂げた我々は、おもむろにルゥをゴハンの上にかけて、傍らに置かれたスプーンでもって、おもむろに摂取し始めた。
一口目、うまい。うまいのだが、普通である。やはり580円なのか、まあそんもんなんだろうな、少しでも期待したオレが馬鹿だったぜ、などと、少し落胆モードに突撃しかけていた。
しかし、二口目、三口目と摂取し出した頃、遂に異変が起きたのであった。
鼻の頭に汗をかいている。
そして、その直後、額や首筋にも、汗が浮かんできたのである。
この異変に気づいたワタシは、隣に座っていた友人のほうを向いた。友人も同じように異変に気づいたようであり、お互い顔を見合わせる形となった。
やはり彼の顔にも、びっしりと汗が吹き出ていた。
辛いのである。いやむしろ、熱いという表現のほうが適切かもしれない。口の中ではそんなに刺激はないのだが、胃ブクロから、強烈な熱を発しているような、そんな感じであった。
摂取し続けるにつれ、汗だけではなく、鼻水やら涙やらまでもが出てきて、ひょっとしたら、体液が全部出てしまうのではないかという勢いであった。
敗けである。第一印象から、完全に相手をナメきってしまっていた我々の完敗である。
そして、このホンモノの辛さを備えた最高にうまいカレーをすっかり食べ尽くした我々は、素晴らしい強敵と一勝負終えたような、言葉では言い表し難い爽快感を胸に、店を後にしたのであった。
電車のなかで
2002/11/14(Thu) 00:00:00
帰りの電車の中、座席に座って本を読んでいると、隣で眠っていた女の子が、もたれかかってきていた。
そして、オレの肩に、頭を乗せていた。
いつもなら、「もたれかかるんじゃないよッ!キッ!」という意思を、肩を少し揺らして、それとなく相手に伝えようとするのだが、今日は、まったくそういうことは思わなかった。
例えば、まるで自分のマクラのように、どっかりと頭を乗せられると、それこそ「コノヤロウ、チョーシに乗ってんじゃねーぞ、コノヤロウ!」などと考えつつ、いかに相手が女の子であろうと容赦はしないもんねっ、と、普段より強硬なタイドに出ようとするのだけれども、やっぱり今日は違っていたのだ。
それは、彼女の頭の乗せ方にあったのだ。
その子は、少し「遠慮がち」に、擬音語で表すなら、「ちょこん」という感じで、乗せていたのだ。
その、微妙な頭の重さが、なんだか心地よくて、それに加えて、彼女と接しているあたりがあったかくて、邪魔だと思うどころか、一人で勝手にシアワセな気分になっていたのだ。
さらに、その子が降りるまで、オレも一緒に乗っていよう、ということまで、考えてしまっていたのだ。
しかし、そんなコトをしたって、たぶんきっと、ひどく切なくなるだけなんだろうなぁと思い直し、結局、その子の頭が浮いた瞬間に、スバヤク自分の下車駅で降りたのだった。
「うむむ、そういう季節なのか、そういう季節なんだろうなぁ、うんうん」
などと、一人でわけもわからずナットクしたふりをして、独り焼酎を飲む夜なのであった。
へなちょこ映画感想文 「冷静と情熱のあいだ」
2002/11/10(Sun) 00:00:00
今日テレビでやったのを観た。何を隠そう、今日初めて見たのだ。
すでにご覧になった方も多いと思うので、ここで改めてあらすじを述べる必要もないとは思うのだが、一応自分の頭の整理も兼ねて、簡単にではあるが書いてみたいと思う。
絵画の修復士である順正(竹野内豊)と、宝石店に勤めるあおい(ケリー・チャン)の、10年に及ぶ恋の話である。
この二人は、20歳の頃に、恋人同士であったが、悲しい別れをしてしまうことになる。
そして互いに、それぞれ別の人生を歩み、それぞれ別の恋人とともに暮らしているのだが、ふと、フィレンツェで出会うことになる。
今でも互いに惹かれあう二人は、それゆえに、現在の恋人との別れを選ぶ。
それから数年後、二人は、過去の約束に導かれて、イタリアで再会を果たす…。
と、だいたいこのような話の流れになっている。
話自体は、わかりやすいものだとは思うのだが、実のところ、オレはラブストーリーには、かなり疎いので、他の作品と比べてどうのこうの、というのはよくわからないのである。ラブストーリーというのは、こういうわかりやすいものなのかもしれないし、オレがただ単に、わかった気になっているだけで、深いテーマに気づいていないだけかもしれない。
というわけで、この感想文の筆者は、恋愛もの初心者なのである。それを前提に読んでもらいたいのである。
やはり、別れのシーンというのは、切ないものである。順正の恋人役の篠原涼子、いやぁ、良かった。演技上手じゃないですか。「ごっつええ感じ」時代の彼女しか知らないので、びっくりした。
そのせいもあり、順正と篠原涼子(役名わからず)との別れのシーン、少し泣きました。
竹野内は、やっぱりかっこいい!彼になら抱かれてもいいと思ってしまった。…いや、さすがにここまで言うと、ネタだな…。
ケリー・チャンもねぇ、美人だねぇ〜。あの目つき!ああいう、意志の強そうな目に弱いんだよな。
椎名桔平も良かった。あんなに露骨に嫌味で、それなのに気持ちのいいキャラクター、初めて見たかもしれない。
あ、ユースケも良かった。秘書課の…誰だっけ?
マーヴ役の人、最初、チョウ・ユンファかと思ってしまった。
映像もね、綺麗なんだよ。最初は、イタリアだからと思っていたが、日本の場面でも、やはり綺麗であった。
空間がとても広いのだ。なんというか、人物も周りの風景と同一化しているというか、これは、もちろんいい意味でだけど。
最近は、考えさせられてしまうものを観ることが多かったので、久しぶりに、素直に感動できる映画を観た、という感じであった。
そういえば、下北沢のレコード店の店主役が、安齋肇だった。さすがソラミミスト!と思ってしまったのは、オレだけではないはずだ。
…オレだけ?
かゆい
2002/11/01(Fri) 00:00:00
こんな時期に、蚊にさされてるし
[111]
なんか、めでたいよね
十日後は、きっともっとめでたいんだろうね
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